安積国造神社
  宮司 安藤智重

〒963-8005
 福島県郡山市
 清水台1-6-23
 TEL:024-932-1145



ご祭神について
 
和久産巣日神(わくむすひのかみ)
   若々しい生成力を生み出す神様です。
伊邪那美神(いざなみのかみ)の御子神、伊勢神宮外宮(げくう)のご祭神豊受大御神(とようけのおおみかみ)の御父神にあたります。
   
   
天湯津彦命(あめのゆつひこのみこと)
   邇芸速日命(にぎはやひのみこと)が天磐船(あめのいわふね)に乗られて河内国河上の哮峰(いかるがのみね)に天降りされた時、従われて降臨された神様です。
比止禰命の御祖神です。
   
   
比止禰命(ひとねのみこと)
   天湯津彦命の10世孫にあたります。
第13代成務天皇5年、勅命により阿尺国造(あさかのくにのみやつこ)に任ぜられました。
安芸の国から未開の当地へ赴かれ、社稷(しゃしょく)の神として和久産巣日神、天湯津彦命を赤木山に祭られ、阿尺(安積)の国を開かれました。
   
   
誉田別命(ほむだわけのみこと)
   第15代応神天皇、八幡大神と称え奉ります。
坂上田村麻呂将軍東征の砌、国造神社に奉祀されました。
天和3年現在の鎮座地へ奉遷されました。
安産、子どもの成長、厄除け、交通安全はじめ、ご神徳が著しい神様です。
   
   

倉稲魂命(うかのみたまのみこと)

   稲荷大神。中世の領主安積伊東氏古城内(現在の陣屋)に鎮座されていましたが、天和3年現在の鎮座地へ奉遷されました。
五穀豊穣、商売繁盛の神様です。
   
 
 
氏神 安藤重春画
 
 
 
参道 安藤重春画
 
 

ご由緒について
 
 天湯津彦命の10世孫であられる比止禰命は、第13代成務天皇5年、勅命により安積(あさか)国造に任ぜられ、安芸国から当地へ赴かれました。
安積の国を開かれるにあたり、赤木山(現在の赤木町)に社稷(しゃしょく)の神として和久産巣日神、天湯津彦命をお祭りしました。
比止禰命は、国郡の範囲を定められ、四方八丁の稲城(いなき)を築かれました。
未開の荒野を開かれて田園を拓き農桑牧畜の業を奨励、善政を敷かれました。
安積国は現在の郡山市及び旧安達田村両郡にあたる領域で、大領として位置づけられていました。
第20代安康天皇2年、比止禰命は、和久産巣日神、天湯津彦命を祭る赤木山の社稷に合祀され、国造神社と号しました。

  延暦年中、坂上田村麻呂将軍は東征の砌、国造神社に宇佐八幡大神を合祀し、軍旗と弓矢を奉納しました。
永承年中、源頼義は、東征の折当社に戦勝祈願し「幕内」の地名を付しました。
寛治元年(1087)、源義家は、東征の際、神領を寄進されました。
 
天和3年(1683)、八幡大神が赤木山の国造神社から、稲荷大神が中世の領主の安積伊東氏古城内から現在の清水台の鎮座地に奉遷され、八幡宮、稲荷大明神として崇敬されました。
明治5年(1872)、赤木山に鎮座されていた国造神社が、八幡・稲荷の鎮座する清水台へ奉遷され、3社を総称して安積国造神社と号しました。

  古来郡山の総鎮守として尊崇され、旧社格は県社に列せられました。
幕府儒官安積艮斎先生誕生地としても知られております。

2282名の門人の氏名・入門月日・身元が記載された艮斎自筆門人帳が神社に伝わり、福島県重要文化財に指定されています。
 
神様が鎮まり坐す御本殿
     
 
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